【ココロの健康 才能とは? 天才であることとは?】

 
 最近は才能開花、天才性、機会と出会いということについて考えている時間が多いです。
 
 
 
目に触れる言葉も自然とそうした内容の事柄が多くなっていますのでひとつのご縁として捉えています。
 
 
 
 そこで、才能とは? 
 
 
才能があるかないかなんて会話の中ではやっぱり特別なチカラだったり専門的な技術だったりすることが多いですよね。
 
 
 
そこからさらに突出したレベルに到達しているのであれば天才であると。
 
 
 
 わたしも個人的には作家やアーティストを見るときにはいわゆる「天才肌」と呼ばれている方が好みです。
 
 
評価としては頭が良過ぎてちょっとと敬遠されるような例えば、文学作家でいうなら芥川。
 
 
 
一切の惰性のない、独特の抑制のあるカミソリ感覚の言葉の選び方と高みからの視点、
あらゆるジャンルを横断し深い読後感と共に脳内ではその現場を見て来たような臨場感を与えてくれる
本当に素晴らしい作家です。
 
 
 
 余談が過ぎました。
 
 
 
 
 天才のイメージとは、一般のレベルからはるかに上の次元を行く技術や洞察力を持つ限られた才能のこと。

 

確かにそうなのだけれども才能を活かす天才性、どんな人も秘めたものだとは思いませんか? 

 
 電車で隣に座っている人だって天才、毎日犬の散歩をしている人だって絶対に天才。
 
 
というのも、その人だけの特異な能力、
黙って望んでいただけでは手には入らないはずなのだからわたしたちだって
学び方次第でさらなる上のひとつやふたつ目指していけるはずです!
 
 
 
 
 あらためて「天才」と自分自身に伝えていることはありますか。
 
 
 
 
わたしはよく自分に天才じゃん、なんて言ったりしています。
 
 
 
 
ほんと日常的にスーパーで買い物中に格安なものを見つければ「天才!」、
 
 
上手い具合に電車に乗り合わせができたらこれも「天才!」
もちろん仕事現場でもそういう感覚ですね。
 
 
 
 
深い理由はないにせよ、出来ないとか分からないそういった言葉を口にしたくないがためにです。
 
 
 
もちろん知らないことも数多くあるし、無理難題を言われることもあります。
 
 
 
そんなときでも天才なんだから出来る、と言い聞かせます。
 
 
そうそう、やっぱり人は誰でも天才と呼ばれる素質は絶対あるのだと思えること、
日常のいろんな場面で見られますよね。
 
 
 
道を歩いていたりクルマに乗っていれば常に危険予測はするし、
人の話しも聞いているそばから返答しているし、
何も目立ったスキルやテクニック、
思いがけないアイデアを形にするばかりが天才なのではない。
 
 
 
あなたの存在、そのことだけにフォーカスして抽出した内容があなたの才能であり、
その才能をきっちり活かすことが天才性を上手く使うということですね。
 
 
 
才能を開かせることと天才性を発揮すること、
これからの時代こうしたチカラを研ぎすませることが
今までよりずっと求められていくようになっていく。

 
 
 
世の中の時流にも沿った人としての在り方、
理想の生き方をしていくためにも感覚でものを見て発信できることがより重要になるように見えてきます。
 
 
 
そうした中でわたしたち個人がどう各自の才能を発揮するのかとても楽しみですよね。
 
 
 
日常で何か新しい発見があったとしたら、
そこに含まれている天才性を観察してみるといい。
 
 
 
わたしたちはフォロワーやカスタマーでは終われない、
いずれ天才性を強く打ち出して世の中にどんどんアピールする日が来るのだから。
 
 
 
 
自分の進むべき道の中にある才能と天才性、しっかり磨き続けていこう。
 
 
 
 
ファイトです!

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください